たったひとつの後悔①
2017年 10月 05日
私は7割がた信じていたんですが、今は9割、いや10割近いです。
それは、我が家の専属(?)アニマルコミュニケーター
ぶっぶさんのおかげ。
ブログ開設当初からのお友だちである、ぶっぶさんは
ロイスの生前から死後にわたって何度かコンタクトを取ってくれて
その内容を「ロイスからの手紙」(勝手に命名)として
母に伝えてくれたのです。
まあでも、その手紙たちは全部、母さんの大切な宝物だからね。
さて、ここからが本題です。今まで散々書いてきたこと。
「ロイスの介護と看取りに後悔はない」ということについてですが。
本当は、たったひとつだけ、後悔・・・というか、
できることならば、やり直したいなーということがあったのです。
それは、最期の数時間のこと。
あの日、ロイスの眼球破裂などもあって、母はとても疲れていました。
精神的にも、肉体的にも。
それでロイスの付き添いは父と息子にしばらく任せ、
仮眠をとることにしたのは、以前にも詳しく書きましたが・・・
記事はここ→「最後の夜②」
まさか、それから2時間も経たないうちに
最期の時が来てしまうなんて。
そうとわかっていたら、仮眠なんかとるんじゃなかった。
ずっとロイスのそばに付いていてやればよかった。
ゆっくりお別れがしたかったから、ではありません。
お別れなら、何週間も前からゆっくり、たっぷりしていたから。
ずっとロイスに付きっきりだった、あの数週間。
今までの楽しかった思い出をいろいろ話して
「ありがとう」をたくさんロイスに言って・・・
だから、その点では悔いはないのです。
そうではなくて気にかかったのは、母が仮眠していた間、
ロイスは心細くて寂しい思いをしていたんじゃないか、ということ。
あんなに、母さんがそばにいないとダメな子だったんだもの。
点滴の間だってエコーの間だって、
いつも母さんの姿を探して目で追っていたんだもの。
だから最期までの1時間半も、ほんとは
母にずっと付いていてほしかったんじゃないだろうか。
ロイスを荼毘に付して気持ちが一段落すると
そんな不安がむくむくと頭をもたげてきて、
いてもたってもいられず、ぶっぶさんに助けを求めたのでした。
つづく。
そしてロイスくん。
クロ母さんのおっしゃっていること、
よくわかります。
私とちょびの場合は、
病院に連れていく準備をして、
ついでにゴミをまとめていた、
ほんの2~3分の間に、
ちょびは息を引き取ってしまったのです。
でも、ある人に、次のようなコメントをもらいました。
「別れ方は その子が一番望んだ形で
訪れるんだと思います。」
きっと私の悲しむ顔を見たくなかったから、
そっと逝ってしまったのだと今では思っています。
それでは、また。
きっとロイス坊はくろ母さんを休ませたかったんだと思います。
アニマルコミュニケーション信じてるよ。でもあんまり頼んでないです。
わたしがうちの子たちの気持ちを汲んであげたいから。
多分、半分くらいはあたっていると思う。
(ぜーんぜんっ❌ ルーク談)
みやが旅立った時はしばらくしてから聞きましたが✨
ちょびころさんも、ちょびちゃんの死に際しては
そんな悲しい悔しい思いをされたのですね。
でも、そうです。私もぶっぶさんに言われました。
「わんこは、逝くときは自分で決めるんだよ!」って。
きっとちょびちゃんは、ちょびころさんのおっしゃるように、自分で「その時」を選んだのでしょうね。
ちょびころさんのことを思っての選択だったと思います。
大好きな、ちょびころさんのために。
今、続きをUPしました~。
えへへ、そうですね、ロイスはどこまでも母のことを思っていてくれました。
以前、めめさんがアニマルコミュニケーションを受けていた時の記事を読んで、いいな~羨ましいな~と思っていました。
まさか自分がこうして受けられるようになるとは、思ってもいませんでしたが。
そうですね、生きてる子の気持ちは、やっぱり努力して汲んであげたいですよね。
みやちゃんは、なんて言ってたのかな?気になる~!笑